markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

オリンピックと新型コロナ

オリンピック競技をテレビ観戦し、勝者へのインタビューでは全員が「みなさまのおかげ」と感謝の言葉が。

事実は、周囲の監督やコーチがいくら指導しても、本人の天性な才能と努力がなければ果たせないと、テレビ画面がリアルに語る。しかしコロナ禍でも、その舞台実行の決断をした人達への評価は、いまのところ耳にしない。

無観客開催ならば、各スタジアムの席の背もたれへ望遠、広角、上下左右に操作できるカメラとスピーカー、マイクを据え付け、一試合単位でその席を売れば、観客誘導管理コストを差し引いて安くしても、買う方は前席の客の頭も邪魔ならず、いながらに自由に観戦し声援もできるのになぁ。

 

毎日、新型コロナウイルス感染者拡大のニュースが、私たちに危機感を訴えている。知人達も、怖くて外出を控えていると言う。

そしてこの感染者拡大を政権運営の首相に責任を取らせようと、マスコミやテレビのコメンテーターが躍起になっている。

私の住む群馬県でも最近200人を超える感染者数ではあるが、70代以上は一人か二人である。これはワクチン接種の効果であり、首相や担当大臣の言う「ひとりでも多くの人に接種の機会を」、全国民で協力し知恵を出し合えばマスク無しの生活に戻れるのに。

全てでは無いが、役人は「効率より機会均等」を考え、責任を回避(個人名を出さない)。マスコミはワクチンが少ないと政権の責任を追求し、また副作用に焦点を向け接種に非協力。野党も政権批判ばかりするのではなく、どうやって多くの国民に接種の機会を作るか、の提案をしてみたらどうなのだろう。

これも全てでは無いが、医師会も当初は積極的では無かった。特例で歯科医や自衛隊による接種を始めたので、重い腰を上げた。群馬県は特に外国人居住者も多くクラスターが発生しやすい。先週もあるクリニックで日本語記載の問診票が未記載を理由に接種を拒否。SOSの電話により当方で出向き、事なきを得たが、このクリニックの医療従事者のことなかれ主義に驚く。年寄りや日本語の不自由な外国人に寄り添う気持ちはないのか?

当初ワクチンは注射器5本しか取れないとのことであったが、その後6本取れる注射器を国が提供できることになった。しかし、以前より知人の医師は7本取れる注射器を自腹で入手。これは注射器の先端部の構造によるもので、一般的には液だまりした注射器を廃棄していた。一瓶2.25mlから1回分0.3mlですから理論的に7.6回分取れ、従来より16%余分に接種出来る。このように一人でも多くの人に接種出来る様に努力している市井の医師もいる。

緊急事態宣言や蔓延防止法で訴えても、国の憲法が非常事態でも個人の移動の自由を保証しているのだから、海外のようにロックダウンするほどの強制力はない。オリンピック関係者が宿泊先から東京見物しても、逮捕して留置出来ない。

コロナウイルスは人から人へ移り渡って生き延びるわけだから、コロナウイルスが不活性化するまでの期間、国民全員が家に留まり他人と会わず、その間外国からの渡航者も禁止すれば収まるわけだが、人間はこれが出来ないのよね。