markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

マイクロプラスチックは海にいる魚の総重量を超える

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2050年には海に廃棄されたマイクロプラスチックのゴミ(直径5mm以下)が、魚の総重量を超えるとのショッキングな話を聞いた。魚がエサと間違えて飲み込み、生態系や、魚を食べた人間にも影響を及ぼしかねない。

 

生分解性プラスチックのコストが量産効果により下がれば、一挙に問題は解決できるだろうに。世界ではマイクロプラスチックを「使わせない」様々な法律を立案しているが、逆に、例えば、スマホのケースは全て完全生分解性プラスチックを「義務として使う」立案で量産によるコスト低減を実現できないものか?

そのためには耐久性のある完全生分解の出来る、革新的なプラスチックが開発されるのでは。それを使用しなければ、質量に応じてペナルティを課し、その収益を世界的な共同研究開発組織に投資する。

 

プラスチック製品はとても便利でいろいろなものに使われてきたが、ここらでその「つけ」を払わないとならなくなってきている。日本ではリサイクルが主体となっているが、世界では「使用しないこと」と聞く。

 

日々の生活を省みると、無意識にプラスチックレスを行なっていただが、これだけではどうにもならない。

  • トランスの仕事ではお客様のコスト負担と要求特性をご理解いただければ、プラスチックボビンを紙ボビンに、プラスチックフィルムをクラフト紙の絶縁材に変更。この製作方法の出力トランスの方が実は音は良い。
  • 買物時は店にあるダンボール箱を再利用し、使用後はまとめて地域の有価資源に提供。少量の購入は支払い済み証明のテープを貼ってもらいレジ袋は断る。
  • 外出時は、水筒にノンカフェインである麦茶を入れ、熱中症対策をしている。
  • 自宅では切り欠きの飲み口がある、蓋つきコップでストローを使わない。
  • 生ゴミは防水性の紙袋に入れ、捨てる際は軽くプレスし水分を切り焼却ゴミとして出す。

 

 

「父性の復権」を読んで

 

父性の復権 (中公新書)

父性の復権 (中公新書)

 

 

著者は1937年に長野で生まれ、深層心理学がご専攻の林道義氏。

私の父は軍人であり怖く遠い存在であった。青年期になり幾分距離が狭まってきたが、私が成人になる直前、父は他界した。自分が人の親になり、父を無意識に反面教師として、子には友達のように接しようとしたが。

この著者は「友達のような父親」は実は父ではない。『父とは子供に文化を伝える者である。伝えるとは価値観を押し付けることである。上下の関係があり、権威を持っていてはじめてそれができる。』と、冒頭に言い切る。

そして、『「父」は楽で自然ではいけない。そもそも父とは無理をしなければ務まらない役目であり、母が「自然」であるとすれば父は「理想」なのだ。父とはもともと「しんどい」ものであり、「しんどさ」に耐え、理想を追求するのでないなら存在意義がなくなる』とまで言ってる。以下に関心あるところを抜粋する。

 

家族の形成について:二足歩行に移行して人類となったため、脳が大きくなり、成熟した子供は産道を通ることができない。そのため、身体が未熟なうちに産まなければならなくなった。猿のように自分の力で母親にしがみつくことができないので、人間の母親は常に子供を抱くため、少なくとも片手をふさがれ行動が制約される。初期人類のオスは、この母子を見捨てないで、母とカップルを形成し、父となり、母子の面倒を見ることになった。

 

父性が最も必要とされるのは子供の健全な心理的発達にとってである。

 

母が子供の世話をするとき、最も大切なことは母の心が安定していることである。母の心が安定しているためには、夫との関係が良好であることが決定的に重要である。いったん母体と離れた新生児は、改めて心理的に母と結合しなければならない。

 

母子共生の中にいる子供にとっての最初の対象が父である。父は子供の好奇心の対象であり、母より強い反応で応え、また刺激を与えて子供の強い反応を導き出す。

 

子供は父親の望んでいるような、あるいは父親の理想としているような男性なり女性になろうとする傾向をもっている。

 

文化とは「人間が学習によって社会から習得した生活の仕方の総称」であり、文化によって人類は互いに協力してより高い、より美しい生活を営むことができるようになったのである。これを継承し、必要ならば革新するのが父性の大切な役目である。

 

家族の各メンバーの欲求や感情、希望や目標を父親はそれらが互いに競争し合うことなく、協力し合うように調整し、それぞれを全体の価値観の中で一人一人のあり方が決まっており、お互いに助け合ってそれぞれの目標を実現するという協力関係を作り上げ、秩序づけるのが父性の役目である。

 

幼児に絵を描かせると、必ずと言っていいほど太陽を描く。それは幼児が自己中心の世界にいるからである。学童期に入ると自分を客観視しはじめるために、ほとんど太陽を描かなくなる。つまり自分を世界の中心とは見なくなるのである。大人になっても太陽の絵を描くのが分裂病の患者である。

 

抽象的な高い原理を示し、それを中心にして家族の生活全体を構成し、抽象的な原理を具体的な場面場面に適用することを子供に学ばせること。

 

「価値の多様化」とは、個々人は自分の価値をしっかり持った上で、その価値がいろいろであるという状態。しかし現在の「価値の多様化」は、社会的に価値が多様化している中で、一人一人がどの価値を選びとっていいか分からないという状態であり、「価値の喪失」の時代と言うべきなのである。

 

最高責任者のはずの政治家は官僚任せ、官僚は現場任せ、現場は上司の指令待ち、ということでは、誰も責任をもって判断する人がいない。結果は被害者だけが苦しめられるということになってしまう。

 

リーダーの選び方:日本人は、何もしないことに対してはあまり批判されないが、何かをして失敗すると辞職させられるほどに非難が集中するという体質。人格と能力を基準にしてなされていない。たとえ能力で選ばれたとしても、その能力が記憶力を中心とした学力だけ、判断力と決断力はほとんど考慮されていない。大切な地位には能力のある人を選び、十分に腕をふるってもらおうという意識がなく、逆に能力のある人の足を引っ張ったり、いじめたりするという体質が根強い。

  

民族の文化を次代に伝えていく中で、子供の構成力を養っていくのが父性の大切な役割。父が主導する非日常的な行為が、何か特別な意味と感覚をもって子供の心に染み透るのである。

 

父親が子供と遊び、また何かを教えるということは、そのことだけにとどまらないで、もっと大切な精神ないしは感覚を伝えているのだということを自覚してほしいものである。

 

感情だの無意識だのが働いてはいけないところでは、抑えることができることが、価値からの自由とか、無意識からの自由という意味なのである。

 

 

戦後民主主義の元で育った世代の人たちは、権威と権威主義とを混同して、権威そのものが悪いと考えている人が多い。子供が健全に育つためには、健全な権威が必要である。特に男の子にとっては、父の権威が正しく機能することが是非とも必要である。

権威を成り立たせる4つの条件。能力、信頼、知恵、愛。

 

子供が自我を形成していくときに、二つの重要な要素がある。第一反抗期の頃(3歳まで、せめて5歳まで)、秩序感覚を身につける。第二反抗期の頃、社会規範を学び普遍的な価値観を持つこと。

 

戦中派ー団塊世代団塊ジュニアという、親ー子ー孫の世代交替の中で、戦中派の心理状態と関心は敗戦時でストップしており、戦中派は稀有の戦争体験によって種々の外傷体験を持ち、強烈なコンプレックス(あらゆる価値を信じることはできない)により父性が欠如した。それが子供の世代である団塊の世代にも一定の刻印を与え、さらに孫の世代までも少なからず影響を及ぼしている。

父性を持って育てられなかった団塊の世代の最大の特徴は「親子の対等」を理想にしている親が多い。また、この世代は「自主性を重んじなければならない、押し付けはいけない」という価値観を持っているため、しつけができない。自主性とは、あらかじめ価値観があってはじめて持ちうるもの、ということがわかっていない。

親子関係が対等であれば、子供は親から自立しようという衝動が出にくい。権威をもっているからこそ、子供はその親から自立し、親を乗り越えようとする。

電車の中でマンガを読んでいるのは、団塊の世代から始まった現象。権威そのものを否定し、大人の価値を否定し、大人への移行を否定する価値観から出た、確信犯的な行動。

 

「父性の復権

父性と男性性は違う。男らしくても父性のない人はいる。父性とは家族に対する関係や態度。

「子供は親の背中を見て育つ」は逃げ、子供の方へ向いて、子供に働きかける存在でなければならない。

一方的なアクのある「語り」を持って父の考えを一方的に示す。父親が死んでから、家族に強烈な思い出が残るような父親が、良い父親である。

子供が一度でも父親から感動を与えられたり、父親の意見が参考になったことがあれば、一般論を論じるふりをして、子供はそこから何かを掴んで参考にする。

与謝野晶子は「美的感覚が道徳の基礎」と言っている。教育の中での美的感覚についてもっと重視していいのではないか。「ふさわしいか、ふさわしくないか」、「人間としての品位」も教育の基準として入れたい。

 

 

 

峯岸正典老師の講演会

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曹洞宗護持会「微笑会」の記念講演に峯岸さんが講演をされるとの事、5月19日、甘楽町文化会館へ赴く。

老師は上智大学大学院を卒業され、愛媛県瑞応寺で修行。その後ドイツの修道院で修道生活を体験され、ミュンヘン大学で神学を学ぶ。そして宗教間対話研究所を開催し、永平寺の国際部の講師等を歴任。NHK「こころの時代」「ラジオ深夜便」「宗教の時間」に出演、国内外において禅を説いているとのことです。下仁田町本宿「長楽寺」住職。

 

演題は「菩薩の誓願・・君のためにできること

舞台中央の演題で訥々と語られるかと思いきや、「今日はパワーポイントでやります」と。笑いネタを混じえ観客の関心を掴みながら話し始める。以下に主だった内容を記す。

 

拈華微笑(ねんげみしょう)とはお釈迦様が花を拈り、弟子のマカカショウ様が一人微笑む。(分かったという意)→私たちは同じ世界を分かち合っている。

 

お釈迦様がある晩、ラーフラ(お釈迦様の子供)へ「まさに苦を忍ぶべし」と説いた

「苦」とは思い通りにならないこと。四苦八苦とは①生、②老、③病、④死、⑤愛別離苦、⑥怨憎会苦、⑦求不得苦、⑧五蘊盛苦

求不得苦とは欠けた月がまた満ちることにより「若返る」とし、月に変若水(おちみず)があるとされており、それを飲むことで不老不死の薬となる。不死とは不老長寿であり最終的な欲望である。これは求めても得られないもの。

五蘊盛苦とは人間の心身活動を5つにわかられるとし、色(身体)、受(感覚)、想(概念)、行(心で決めたこと)、識(記憶)がありそれぞれに執着することが苦であると説いている。

「苦」の意義。苦とは私たちを磨く砥石である。「苦」(煩悩・執着)がないと人間的に成長できない。苦と向き合うということは煩悩と向き合うことであり、そこに気づき(覚り)が生まれる。

「苦」を生かした人として日野原重明先生を紹介。経験より患者に「寄り添う」医療を信念とした。その寿命を、自分のために有効に使うことも大切だけれど、他人のためにも使って欲しい。他人のために自分の時間を使う人を「菩薩(ぼさつ)」と言う。

 

禅問答として楢崎一光老師に峯岸老師は「いかなるか これ出家と在家の違いは?」(坊さんと一般人)

「ともに道を求める菩薩なり」との答え。

 

「遠慮」とは遠くにおもんばかること。その「遠い」とは困っている人がいるところ。

 

「人生は死ぬか 精一杯生きるか」だよ。

 

言葉の大切さ:1つの言葉に泣き、1つの言葉に笑う、そして、1つの言葉でつまずき、1つの言葉でよみがえる。 (出典:中西智海勧学)

 

今日が人生最後の日だとしても、今日する予定のことをしたいと思うか (出典:スティーブ・ジョブスApple創業者)

 

「今日が人生最後の日」「ある中で一番良いウイスキーを飲む」 (出典:帯津三敬病院 帯津敬三先生)

 

逆算の人生:人生の最後を思って今を生きる→死を考える→本当に大切なものが見えてくる→生き方上手になる。

 

雨が降らないと虹は出ない:辛いこと、苦しいことがあって、はじめて、美しく大切なものに気がつき、喜びがある。

 

年をとった、身体の具合が悪い、自分を卑下することなかれ。

 

心の残る生き方:桜は咲いている時も美しいが、散ってからより一層、その美しさがしのばれる。

有限であるからこそ、美しく生きることができる。

 

 

 

難しい事を言っているのはまだまだで、誰にでもわかるように話されるのが本物であり、特に宗教という大哲学を咀嚼して語るのは並大抵ではないと思う。大西良慶清水寺管主の卓話集を読むとそれがわかる。峯岸老師も難しいことは言わず、わかりやすく、また表情を崩さず面白いことを言う。

私は初めて長楽寺へ赴き、話をしながら不覚にも涙を流した思い出があり、今回も別れ際に「またいらしてください」との挨拶言葉に赤面する思いであった。

 

Fender ツインリバーブ’65リイシューモデルのトランスについて

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ツインリバーブ’65リイシューモデルについて、あるユーザーよりご質問をいただきました。

【初めまして、fender用トランスについて問い合わせをしたくメールさせて頂きました。現在復刻の65ツインリバーブを使ってるのですが、音の趣向を変えてみたくトランスを探していてたどり着きました。

 こちらは復刻のfenderにも取り付け可能でしょうか? またサウンド面でも結構変わるのでしょうか?】

 

弊社技術アドバイザーの見解は以下の通りです。

 

もととなるアンプは、フェンダー・ブラックフェイス期(CBS移行前)のAB763という回路で構成されたものです。後にあらゆるジャンルのプレイヤーから好まれ、ツインリバーブの中では最も人気のあるモデルとなっています。そして、リイシューモデルは、このAB763を回路的をほぼ踏襲しています。ただし、使用パーツの全てはオリジナルの面影すらありません。当然のこととして、当時のものとは結果としてトーンが異なるのはいたしかたないと思います。

 

ただし、だからといってリイシューはダメということではありません。要は好みの問題です。リイシューのトーンを気に入っている人たちもいるとは思います。私としてはオリジナルが好きではありますが。

 

リイシューモデルにトーンの変化を求めるのであれば、スピーカーやトランスを載せ替えるというのは、比較的簡単にできる上、変化も期待できる良い方法だと思います。(内部のCR類やジャック、ポット等々は全てプリント基板用のものになってしまい、変えようにも変えられないのが現実です。)

 

もし、オリジナルを追求したいのであれば、シャーシのみ生かし(本来はシャーシも変えたいところながら)オリジナルに近いパーツを揃え、昔ながらのタレットボード上に手配線で組むしかないと思います。

それから、リイシューモデルのパワートランスは、特にB巻線がオリジナルとは異なり、ブリッジ整流用になっています。フィルター用の電解コンデンサーなどもかなり容量の異なるもので構成されています。したがって、B電源供給の面でオリジナルのAB763とは違ったキャラクターとなります。そういう意味では、もちろんパワートランスの違いも出ると言えるでしょう。まずは、好みのバイアスにセットして、その時の出力管プレート電圧等をチェックします。そのうえで、好みのB電圧が得られるようなトランスに載せ換えるというのが理想ではあります。

 

協力:アテネ電機株式会社

製品案内 - 変圧器・トランス・フィルムのアテネ電機

 

 

この世に生まれた記念日

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最近は言ってもどうにもならない事が多く、ブログの更新もままならない。しかし、誕生日が晴天の穏やかな日曜日のためか、心が安らかになる。自宅周辺を午後の散歩に出かけると、最近は歩いてなかったので風景の再発見ができた。(各写真参照)

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先月 、富岡市では新人候補が市長となった。富岡製糸場世界遺産に登録され、良い波にのるため必死でバトリングをする時であり、体力と旧弊にとらわれない思考で行動できる若手トップが生まれたことは、富岡市民の先見性と幸運があると思う。

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今月に入り、韓国と北朝鮮のトップが板門店で握手をした。直ぐに思ったことは、社会主義国(中露)に対し自由主義の前線が日本に後退した事への危機感。アメリカがあんな状態なので、自国は自国民で守るため自衛隊を軍隊にしなければならなくなるだろう。そしてアメリカは最新兵器をどしどし売ってくるだろうが、それだけ戦争へのリスクは高まる。

 

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パワハラ問題のニュースが多発している。昔からこの様な事は多かっただろうが、主に羞恥心が問題を闇に葬っていた。しかし問題の核心は男の卑劣さにある。そういう事をしたいなら、まず先に男を磨き尊敬され好意を持たれる努力をすべきだろう。地位や金で無理矢理飲みたくない水を飲ませても飲まない。喉を枯渇させるだけの男を作れ。

 

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国の経済のことは素人でよくわからないが、今の財政赤字を作った元凶は、国を経営してきた政治家であり関係官僚達だろう。それでプライマリーバランスを取るとして、国民や未来の日本に負担をかけ、財政引き締めを行なっているしか思えない。

江戸時代の各藩では、年貢が少ないと言って更に年貢を取り立てる愚主と、産業振興を図り自然増の税収で民を幸せに導いた米沢藩上杉鷹山など賢主がいた。

今の官僚と多くの政治家は優先順位を間違えているのでは。ITやネット時代だから通産省だけでなく総務省や、また戦略資源となる食料で農水省、そして外務省による情報収集で、日本の産業振興を図ろうと思わないのかな。大事なのは「債務とGDPのバランスに注視する事」と誰かが言っていたな。

年金問題しかり、当時の社会保険庁は将来の人口の逆ピラミッドを想定できただろうに、各地にハコモノを建てたりお手盛りをしていた結果が今にある。年金給付を70歳に 延期する案に対し、受給者の人生の幸せを考えないのかな。タックスペイヤー(納税者)を増やすため、グリーンカード制による管理された移民政策をとるなど、今年、年間3,000万人になろうとする訪日外国人旅行者による外国人免疫も浸透し、再来年の東京オリンピックが開催されれば環境は整ってきているのではないか。

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言ってもしかたがないこと

省庁での文書管理がずさんと言われているが、国家公務員試験をパスしたエリート集団である役人等の意図的な仕業と考えるのが妥当だろう。それは一部政治家への忖度と野党は言っているが、先ずは文書管理の徹底を図る仕組みづくりが優先だと思う。

さきの太平洋戦争の反省から、文民統制は確実に守られなければならない。当時の外務省のアメリカへの宣戦布告の遅れ(翻訳の遅れとの言い訳)により、アメリカへ国際法違反の口実を作らせたことなど、どうも一部の集団の意図的行動と思えてならない。

昭和19年4月30日の日記参照)

markdadao.hatenablog.com

 

 

今は地方巡業中の大相撲も、様々な不祥事が話題となりエスカレートしている。協会の現状認識の甘さと、「本気の改革」が感じられない。渦中にいるとわからないだろうが、国技である大相撲の未来を考えるならば、八角理事長を始め協会役員の総辞職と、一部の民間勢力にとらわれない幅広い人材による、大相撲を愛する役員を選任すべきだろう。先達が他のスポーツに先駆け力士の国際化を計り、また女性のファン(すー女)も増えており、それ等の多様化に対応出来る風土作りが急務であろう。

 

 

最近の財務省の対応を見ていると、世の中お金を扱っているところは強いなぁ、と感じる。そもそも国民から集めた税を事務管理しているはずだったのだが、予算を出す方ともらう方という立場に錯覚し、お互い勘違いをしているのだろう。ロータリークラブでも会員から集めた資金をロータリー財団と称する財務省的立場と、受け取る側の立場によって勘違いが生じていた。また、宝くじの収益金の社会貢献として、コミュニティに給付される仕組みがあり、ある組織では年間予算の倍以上が給付され、更に年度内に消化する事が義務付けられており、使途に充分な協議もできない。

本当に必要かどうかの精査も形式的であったり、またばらまきであったり。各組織では年度内消化により無駄をしているところもまだあるようだ。目的と優先順位を確定して、みんなから集めた浄財を有効利用すべきなのだが、その仕組みが確立されていないところも多い。

 

 

従来からのオールドビジネスでは納税の仕組みが確立されているが、国際間で大きく収益をあげているネットビジネス企業からの税の徴収システムは不十分だそうだ。時代は新しいビジネスに収益が集中し、従来からあるオールドビジネスが衰退してゆく。しかしニュービジネスへの徴収システムが後手になるため、社会保障などの歳出はオールドビジネスの歳入によって支えるので、更に税負担が増える。これでは伝統的な生業は淘汰される。

 

 

 

 

隈研吾氏、富岡で語る

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隈研吾氏が富岡市役所の設計監修された縁で、本日富岡市役所オープニングイベントの一つとして講演会が開催された。会場となる市役所内会議室の収容人数100名のため、抽選とのことでネットで応募した。

聴講者の約2割程度は来賓者で埋まり、残りの席は我々一般が占めた。5年前、市民協働型の長岡市庁舎を見学し、また昨年は福岡、太宰府天満宮の参道にある木組みのスターバックスに寄り、時の人であるこの建築家の哲学というか、考え方に大変興味をもった。しかし冒頭「飛行機が遅れたのでご本人はまだ到着はしていない」とアナウンスがあり、来場するまで隈研吾事務所のお弟子さんが時間を埋めてくれた。

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「富岡製糸場のある町」の生い立ち

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住んでいる町の生い立ちを知るきっかけは、6年前岡野前市長の時代、富岡のまち編纂委員会が編集した「富岡のまち」を偶然読んだことにある。これは長年編纂委員であった今井幹夫先生を始めとした諸先生の尽力によるもので、以下に大綱を記す。

最近、ユネスコの「世界記憶」に登録された、その多胡碑が建立された711年当時、富岡はまだ存在せず、現在の市街地周辺に小村があった程度であった。1590年豊臣秀吉が天下統一をし、未来の富岡を作ることになった中野七蔵が宮崎城(富岡市西地域にある)に入城し、代官とし統治を始める。1615年、織田信雄織田信長の次男)が小幡を支配することになる。翌1916年には前田利家の五男利孝が七日市に陣屋を築く。

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富岡市グルメ「 茶フェ ちゃきち」

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お茶の専門店がカフェとして開業し、今年で3年目になるそうだ。実家である民家を土足で上がれるよう南廊下まで板の間とし、テーブルと椅子を配置し、庭先には2車両の上信電鉄が走り抜けるのを見ることができる。

我々は奥のソファーに落ち着いた。店の人が「ブラインドを下げましょうか」と気を遣っていただいたが、春まぢかの陽射しを遮るのにはもったいなかった。早速、煎茶をいただくこととした。

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産油国の再生可能エネルギーについて考える

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昨今、産油国太陽光発電が話題になっている。自前の豊富な石油や天然ガスで発電ができるのに、なぜ太陽光など再生可能エネルギーのプラントに投資をするのか?

理由は石油や天然ガスは外国に販売したほうが利益が出る。太陽光パネルなどのインフラコストの低減と砂漠の立地に優位さが出てきた。国内の冷房需要が高まる、ピーク電力の抑制ができる。と、新聞に記載されている。

産油国は石油に頼らない経済への改革を推し進め、国内エネルギー消費の効率化を図るとされている。砂漠しかなかった国家に石油が発見され、世界から多くの富を集めた歴史があり、それを維持継続しようとの思いがあるのでは。

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