markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

来年は楽しくなりそう

 

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以前は年末になると、その年の決算として何をやってきたかブログ掲載をしていた。しかしこの数年はそのようなことに何も触れていない。海外渡航もせず、ロータリークラブを退会し、青年会議所のOB会への出席もせず、ボランテイィア活動としてのNPOも解散しようかと思案している。

健康に自信がなくなったわけではなく、原則として週に2日ジム通いをしており、風邪もひかずいたって元気である。仕事面でも、知人のおかげで新規音響メーカーと取引もできるようになった。これは7年前友人の天笠君からの要請で真空管ギターアンプ用のトランスを依頼され、ビンテージモデルの再生や、音作りを主眼とした弊社独自のアイデアによる電源、出力トランスをネット上でビジネスを展開している。そして現在オーデイオアンプのメーカーからもお声がかかるようになってきた。

かといって、ボランティア活動をやめ仕事だけに打ち込んでいるわけではない。日本中からネットによる真空管ギターアンプのトランス要請はほとんど1台からであり、戦後、親父達の時代、日本のギターアンプの黎明期からトランスを供給していた歴史と、「トランスも楽器の一部」として音作りのお手伝いをしたいというボランティア精神があるから継続しているわけである。ロータリー流に言えば職業奉仕である。

日本中のギターアンプのユーザーの皆さんと会話したり、ライブバンドのお世話をしていると、歳を忘れ自分でもバンドがやりたくなってきた。そこで、来年は30年のギャップを越え、新たにバンドを結成しようと試みている。幸い友人でプロのギターリストの村山君(写真参照)やセミプロのピアニスト、ボーカリストも応援をしていただけるような環境になってきた。問題は自分のベーステクニックである。同年代の福岡の岡本さんはアンプを作りながらバンドを掛け持ちしている。そのほか、アンプビルダーの多くもギターやベースのプレーヤーであり、彼らは私にとって当面の目標でもある。

また、お手伝いをしている外国人実習生の運営や、来年4月1日から施行する外国人労働者の受け入れに関し、人権問題や文化摩擦の解消に対処して行きたい。基本的な考え方として、このままでは日本の人口減少は経済面で深刻な状況を呈することになると想定される。文化摩擦では様々な意見もあろうが、今回の移民政策に近い外国人労働者の定着は納税者(Tax payer)として所得税社会保険料の納付、消費者として消費税を支払い経済活動に少しでも寄与できると期待する。

3日前、逝去された元ソニー日本オーディオ協会の諮問委員)の森芳久氏は世界中の多くの人たちに親しまれ、愛され命の尽きるまでご活躍をされたとのこと。合掌。

つくづく、人生は1回だということを思い知らされました。

 

markdadao.hatenablog.com

 

 

めぐりめぐる

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先日、墓のカロートのメンテナンスが終わったので確認に弟と訪問。そしてカロート内にある骨壷を見る。江戸末期の先祖から含め8つの骨壷があったが、名前が判明できないものもある。それでも没後50年の父親の小さな骨壺に合掌、供養し帰路に就く。そして二人だけでは、数十年ぶりとなる昼食を摂る。

弟は私と一緒に父が残した群馬の工場でしばらく働くが、1年発起し立大へ入学。父が努力してもうまくゆかない工場運営を、まだ10代であった兄弟二人がやっても共倒れになると母の思惑があったそうだ。その後、早期退社し母の面倒や墓の管理をしている。

西東京にある母宅や、娘夫婦がいる江東に泊まるには、煩わしさを与えると思い、しかし、孫には会うつもりで近隣の日本橋のホテルを予約しておいた。

偶然にも本日見た骨壷の先祖の一人は、江戸末期この地へ、長野から丁稚奉公へ。人一倍倹約に努め「ケチ勘」と呼ばれながら、日本橋二丁目2番地に雑貨屋を開いた母方の先祖である滝澤勘右衛門である。この先祖が、この辺りをテクテク歩いてたかも知れないと思うとワクワクする。

そして、娘は長野出身の旦那さんとめぐりあい、長野で挙式・披露宴をした。

戦時中父は、陸軍研究所の軍人として京大で研究のため出向していた。そして娘夫婦が一時期、京都で過ごしていた時、私も何回か京都を訪れ市内を散策した。古い建物を見つけては「親父も当時この建物を見ていたのかな」と。

同じく戦時中、母は親戚の者の疎開先であった下仁田へ東京から高崎線、上信線を乗り継ぎ毎月通ったそうだ。それが父と結婚し、仕事の関係で富岡の地で住むことになったのも不思議な縁である。

 

 

 

 

スマホエリートのための、iPhone のガラスを守るプロテクター

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最近のiPhoneはコーナーがラウンドしており、落下時に外観が傷つきやすい。最悪は液晶画面が割れてしまう。

だからケースに入れて使用する人も多いが、耳に当て、フタをバタバタさせて使うのには「美的にどうかな?」と思う人には適したプロテクターが発売される。

鉄球の落下テストやマグカップで叩いても割れないという、衝撃映像を最初に出したBuffが、iPhone の外観全てを守るプロテクターを12月7日に日本で一斉発売する事となった。

今回は従来のクリアーのほかに、落ち着いた赤と黒のバリエーションが追加された。

スマホは毎年新規のものを購入するのではなく、ハイエンドな機種を大事に長く使い、むしろそのハイエンドの機能を、深く充分に使いこなす人たちの生き方が「スマホエリート」、という風に時代の潮目が変わったと思われる。

いつの時代も、良いツールは使い手の磨きが加わり、そのオーナーは味のあるスマートな人生を送っている。

大事なツールを使いやすく、そして確実に守る事をBuff はテーマにしている。

 

prtimes.jp

山下達郎のライブからプロを思い知らされる

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1 0月21日に大宮ソニックシティ山下達郎のコンサートへ行く。この10年間で3回目、今回もプロの完成度を十分味あわせてもらった。

音楽もさることながら、山下達郎のタフさに感心。3時間のステージで、たった1度、着替えに舞台から離れただけ。イントロのソロのバッキング、歌いながら舞台の最左右まで移動しながらのファンサービス、バンドが下がって、カラオケをソロで、曲の合間のMCは一度も息が切れない。恐るべし。65歳を感じさせないステージ。

プロのミュージシャンがお金を取って、見せる、聞かせるとはこういう事なのか。翻って、自分たちの仕事を省みる。

照明が落ちているステージ上で、中央にあるアンプと左奥にあるアンプから白いLED でShino’sのロゴが際立つ。中央はもちろん山下達郎のアンプで、左奥は佐橋佳幸のそれで、これらはShino’sオーナー篠原さん手作りのアンプであり、それぞれから高評価を受けている。

5年前荻窪にあった篠原さんの工房へ出向き、今は各種トランスを納入させて頂いている。どのプレーヤーが使われているか知る由も無いが、元ギターリストで山下達郎や様々なプレーヤーのギターテクをやっている篠原さんの耳は厳しく、トランスの設計、製造に集中しなければならない。過去に早く納入し喜んでるもらおうとした際、表記を間違え迷惑をかけたことがある。私は今年で50年トランス屋を続けているが、プロになり切れないもどかしさがある。

先代がグループサウンドが流行る前からテスコ等にギターアンプ用トランスを納めていた経緯もあり、バンドをやりながら研究熱心なアンプビルダーである友人のA君から真空管アンプのトランスを依頼された。ほとんどがB to Bの取引であったが、私も昔バンドをやっていた懐かしさより作る事とした。

当初はボランティアのつもりであったが、プロのミュージシャンにも使われるようになり、また個人の方が予算を捻出し楽しみに作られているため、トランス屋のプロとして喜んでいただける製品を作らねばと心している。

 

歴代理事長会議(富岡青年会議所)

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久しぶりに富岡青年会議所の歴代理事長会議に出席する。なんと今晩の2番目の高齢会員であり、今更「青年会議所」とは気恥ずさもある。

しかしその気持ちを抑えても提案したい事があった。それは現役会員の拡充案である。

昨今、在籍者が激減し、卒業した母校が廃校になるケースが日本中で起きている。私にとって「青年会議所」は大人になるための学び舎であり、母校であった。

急な父の他界で大学を中退し、所縁のないこの富岡市に遺した父の会社を継ぎ、無我夢中で20代を過ごし、大人としての常識と友人を求め33歳で「富岡青年会議所」へ入会し、在籍した7年間多くを学んだ。

地方の高齢化が進み、また企業も後継者難となり若手経営者が減少しているのは事実である。富岡市は約5万人の人口で、周辺地域を加算しても10万人はいない。20、30代の男女青年は0.5万人として、例えば100人を入会推挙する事は2%の努力結果である。

私の提案は「OB会員は200人以上いるが、その半数の100人が5年かけて1人を紹介勧誘して欲しい」と。単一年度で多くの会員が増加するより、例えば中期計画として5年間で合計100人が暫時入会した方が、受け皿である現役会員の運営能力に無理がなく、また新規会員の基礎教育にも充分時間がかけられる方が中途退会者を減らせる。

そして、この「5年間で1名」の紹介ルールが富岡JCOBの文化になれば、会員維持への心配が減る。OBからの資金支援は現役会員にとって、当座の運営には助かるだろうが、恒久的な仕組みが必要であろう。

異論もあるだろうが、現在の現役会員の減少はOBにも責任がある、という私見を持っている。会員拡充の仕組みが、毎年の事業運営にあったのか? 現役会員の自己実現の場が提供されていたのか?

次年度理事長の挨拶にあった「会員が納得して楽しめる事業活動」は賛成である。外野から見ていると、人数が減少して一人当たりの負荷が増え、過去のしきたりや事業を整理できず、負の悪循環により「やらされている」感があるように見える。現役会員が楽しめるクリエーティブな活動を、私達OBが微笑みながら見守る「青年会議所活動」であって欲しい。そして恒久的に継続する「富岡青年会議所」を願う。

 

 

「いのちの器」を読んで

 

〈新装版〉いのちの器 (PHP文庫)

〈新装版〉いのちの器 (PHP文庫)

 

 

友人で保険屋さんのS君から保険転換のアドバイスをうけた。理由は、加齢とともに死亡リスクが高まり、掛け金が大幅に増加するからだ。改めて「その日」が近づいてきたことを知らされる。

自分ではまだまだと思っていたが、日本人の男性の平均余命から試算すると私は16年ほどである。ましてや健康年齢(日常生活が制限されることなく生活できる)はその半分の8年ほどとなる。

自分だけは特別だと思いたくなるのだが、世の中の平均は事実である。そもそも病院に担ぎ込まれた際「きっとすぐに回復する」と思いながら、しかし「まさか、まさか」と入院する羽目になる。ましてやベッドに横たわりながら、おもむろにドクターが私の脈をとり始めたら覚悟をしなければならない。

日野原重明先生の「いのちの器」に、ドクターの立場からの小編がある。そしてタイトルの「器」について、「土の器のからだは朽ちても、その中に盛られた健やかな魂は誰かの心に生き続けられる」と言っている。

 

多分駄目だと思う重病を持つ人々ほど春を待つ心が強い。・・・その病人には再び春が訪れることはないかもしれない。病む人の心に春を宿してあげたい気持ちである。

 

徳富蘆花は50歳の誕生日を迎えての随筆「新春」に、

「山の上にも山あり、山の奥にも山がある。人の生の旅はただ登りです」と書いている。人生とは卒業のない旅であり、日は遠からず暮れる。

 

今後、墓のイメージはますます多様化するであろう。・・・家の中で、いつも個人が偲ばれて、悲しみも喜びも、故人と分かち合えるような、故人の好きだったもの、愛用したものが家の中に置かれると良いと思う。

 

1919年に70歳で亡くなったオスラー博士は学者だけでなく臨床医のあるべき生き方を身をもって示した。当時の医学生たちに次のように述べている。

「諸君が生を受けたのは自己のためではなく、他人の幸福のためであることを良く心に覚えるべきである」と。

 

40歳以上の人は、当人はもちろん家族のものも平素から心得てほしい。一番多い危険な緊急事態というのは、心筋梗塞、また動脈瘤破裂、次いで脳卒中、肺炎など。また年配者ではちょっと転んでも骨折を起こすことがある。

 

定年後の第三の人生は、自分の意思と計画と趣味とで自分が選択する生き方を地でいける最後の人生である。

哲学者谷川徹三氏はこう言っている。「生は問い、死は答え」だと。第三の人生をどう生きるかのデザインが、どう死ぬかの答えでもあろう。

 

からだが痛み、心が悩み悲しみ、起き上がる気力を失った時、誰かが、もしそれを周辺の親しいものから得られなければ、社会が、その身も心も傷んでいる人間を支える配慮をし、国家がその社会を支える政策を立てなければならない。

一方、支えを受ける側として考えねばならぬことも多い。病気に耐え、気丈に生きるには、何を心の支えにすべきかを。

 

戦争中耐えることを学んだ人は、地球の各所で苦しみに耐えている人の心がわかると思う。物が多いと、貧しい人の気持ちをいたわる感性が養われない。・・・富める文明は、人間にとっては不幸とも言えよう。

 

人から直接間接に受けた愛の労苦を無駄にしないということも、私たちが健やかに生きる道だと思う。

 

良寛が亡くなる前に、良寛に心を寄せた貞心尼が読んだという句がある。

「うらをみせておもてをみせて散るもみじ」

めいめいに与えられた環境、まためいめいが築き上げた環境の中で、人は散っていく。その時の姿は、人間の最後に生きる姿であり、また死ぬ姿でもある。老人はもっと自らの色素で染め、風が吹けばお迎えの風に乗って、大地に還るという自然の心を持ちたいと思う。

 

フィリップ・タマルティ教授は「希望は人間が生きていく上で欠くべからざるものの一つであり、これがないと人生は暗く、冷たく、欲求不満を起こさせることになる・・・、わずかでも、とにかく希望があれば、人は困難に耐えられ、なおも夢をみたり、空想もし、計画を立て、手をさしのべて生を取り込むことができる」

 

「告知後の毎日をどうその患者と対決していくつもりか、それだけの人間的力量をはたして医師に期待してよいものか」

告知した後の主治医には、からだと心に十字架のように重い負担を背負う覚悟と、それを実践させる現実の行動力の用意があるか。

 

人とのコミュニケーションで最も必要なのは、視覚より聴覚である。見えなくても人の声が、言葉が聞こえれば、人は反応する。

老人には、外界との接触、コミュニケーションが保たれる場を、周囲の者で作ってあげ、その中で老人が生き甲斐を感じるように配慮すべきである。

 

患者は、気管内に管が入っているため、臨終の際に一言も、発語できない。・・・人間の最期は、孤独で、はかなく、人生の中で一番の不幸な時が、最後に来るという感じを強くするのである。ひと言も、ものが言えずに死ぬことは、なんと淋しく、切ないことであろうか・

終末医療を有終の医療にすることはできないのか。古き時代に、老人はもちろん、多くの病人はそれほど苦しまないで静かに死んでいったのに。

 

 

「戦争調査会」(幻の政府文章を読み解く)を読んで

 

 

1956年、東京生まれ。現在学習院大学学長、法学博士の井上寿一氏の著による「戦争調査会」は8月の終戦記念日に読もうと思い購入しておいたが、読後感想が9月になってしまった。

これは、太平洋戦争直後の東久邇宮内閣の後継首班として、70歳を超えた幣原喜重郎首相による戦争を検証する国家プロジェクトである。

この「戦争調査会」の貴重な資料を読み解いたこの書籍は、「おわりに」の章にある「近隣諸国との歴史認識の決着への糸口になろう」に期待。また、戦争体験への継承として「戦争の時代の全体像を考え続ける・歴史的な想像力を鍛える・有益な参考書類にしなければならない」と著者は言う。最後に歴史研究の社会的な責任として、「戦争調査会に学ぶべきは、社会に役立つ歴史研究の重要性である」と。

私たちの世代では東条英機等による戦争への突入などと教わってきたが、一読して感じるのは、誰一人戦争を目的としてはいなかった、そしてあらゆるタイミングで戦争を回避、または早く戦争を終結する機会はあったということ。

しかし、軍隊の中堅クラスの言動、国民による大衆主義(ポピュリズム)の流れ、マスコミのプロパガンダによる世論誘導などが複合的に戦争への扉を開かせたのではないかと思う。

最近の、A新聞などのマスコミ誘導や近隣諸国との紛争への誘発記事、イギリスのポピュリズムによるEU離脱アメリカのトランプ大統領の誕生など考えさせられる。そして、財務省による自衛隊への予算の締め付けと、頻繁に発生している自然災害への動員により自衛隊隊員たちの不満が爆発すれば気をつけなければならない。我々を守ってくれる彼らを尊敬し、むしろ基地のある地元のロータリークラブライオンズクラブに会員として迎え入れるべきだろう。昔、相馬原駐屯地のトップの方の講話を聞いた際、なかなかの人物であると関心した思い出がある。

一方、中国や北朝鮮の挑発により、必然的に日本の自衛隊の軍備増強が叫ばれている現在の状況では、条件が整備され始めている。我々は外交交渉のための軍備増強であって、本当に戦うための増強ではあってはならないと、いくらマスコミが国力を臭わせても心すべきである。

最後に幣原首相は「我 敗戦の原因何処に在るかは 今後新日本の建設に欠くべからざる資料を供するものなり」と終戦善後策の第4条に記載している。多くの人がこの「戦争調査会」の資料に関心をもち、様々な意見の交流を望みます。

 

 

出力トランスの設計思想とお客様の声

 

 


Never say never『メニィ』

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埼玉にある楽器店フォーチューン様より以下のようなうれしいご報告をいただきました。

http://fortunemusicalinstruments.web.fc2.com/

 

アテネ電機様にて製作して頂きました100W用電源トランス、出力トランスを搭載しましたマーシャル1959系のアンプヘッド、100W用出力トランスを搭載しましたPeavey 5150-Ⅱヘッド (どちらも使用スピーカーはセレッション社製になります。)

 此方の機材を使用して録音されましたバンドの音源を視聴できるようになりましたので、URLをお送り致します。 

https://www.youtube.com/watch?time_continue=111&v=JhjH-m

バンド名は、Never say never になります。

 

実際に音を聴いての感想ですが、1959系、5150-Ⅱともに、歪ませない時のアルペジオから歪ませた時のコード弾きでも各弦の分離が大変良いと感じました。

 「バンドアンサンブルでも埋もれる事がなく、大変扱い易いです。」と使用しているギタリストからも好評を得ております。

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以下はうちのテクニカルアドバイザーのコメント。

このPeavey 5150 -Ⅱに搭載された出力トランスAGOT-24は中域音源を重視した設計を行い、100Wを通過させる下限周波数を70Hzとしました。試作品を製作し測定2%歪の周波数は70Hzになっていました。

出力管は6LIGCパラプッシュプルとのことでZp=2.5KΩ、2次側は4,8,16Ωの直列巻線が3組あり、それぞれの巻線間に1次巻線がサンドイッチされています。各1次巻線はP1-B,B-P2用の巻線が配置され、並列接続されています。この巻線構造によりP1-B,B-P2の直流抵抗はより等しい値になった。また、1次巻線と2次巻線の相対位置に対称性があり、周波数特性がより平たんにすることが出来ました。

この結果、下記のような感想をいただきました。

 

純正トランスでの感想は

 「ドン・シャリの音は嫌いではないけれども、ローからミドル域での音の抜けと分離が悪い。コレを何とか解消出来ないか・・・。」

 というモノでした。

 

 トランス(アテネ製)へ変更し、ボリューム2くらいで試奏した際の感想は

 「音の分離が良くなっていて、コード弾き時の2・3・4弦の音がちゃんと聞き分けられる。プリ・ゲインを通常より若干低く設定しても歪み感が増しており、嫌み無い音になっている。とにかく、音の纏まりが良い!」

 との評価を頂きました。

 

www.atenecorp.com

 

 

今の選挙制度がちょっと心配

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衆参国会議員の国政選挙で、私の住む地域では選ぶ自由が無い状態が続いている。小選挙区比例代表並立制のため、なんとか比例代表では選択の自由を確保しているが。1票の格差問題や1強多弱な状況は、現状の日本の小選挙区制の限界がきているのではと思う。

都市圏の人口集中と地方の過疎化は、若者が都市に刺激を求め、地方では就労先や魅力が乏しいことが主な原因だろう。これは東京一極集中のリスク回避として、政治経済の地方分散が具体的に行われていない結果でもある。

また、アメリカやイギリスを参考に2大政党を目論んだ小選挙区制が、日本には馴染んでいないことも原因で、そもそも日本では歴史的に宗教観も「八百万の神」や最近では無神教者が多い。そして単一国家と言いながら、それぞれの価値観は多様化している。実際アメリカでも共和党はトランプ派とアンチトランプ派で分裂しているではないか。国内では与党自民党への対抗軸としてなり得る野党が無く、1強多弱が現実である。

コストがかかると言われる大選挙区制は、候補者が街頭演説に出向いたり、莫大なポスターを貼るのでは無く、せっかくのネット社会が進んでいるのだから、自分の理念をネットやマスコミに発表できる。しかし内容の乏しいタレント議員をふるいにかけるため、政治理念やその時々の政治課題を発表し、選挙民が審査をすれば良いことだろう。もちろんゴーストライターによる作文では困るため、各地域において各政党や無所属の候補者がファシリテーターの議事進行によるオープン会議に義務参加し、翌日のマスコミでこの候補者はこんなバカなことを言っていると書き立てれば、まともな候補者に絞り込まれてゆく。

冒頭、選挙に自由が無いと言った真の狙いは、今の日本の外交環境が著しく変わってきており、それへの新たな戦略と対応が求められていること、国の金の使い方に間違いがあり治山地水の整備が遅れ、毎年数百人以上が犠牲になっていること、景況感に乏しく安いものしか売れ無い状況が続いていることなどで、国政の政治家の資質に懸念を抱いているからである。国会議員は地方の代表では無く、日本国民全員の代表として舵取りをしてもらいたいのである。

中国のある町の若手役人たち

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上記写真は榎本富岡市長と太倉市副市長

中国で起業している友人(臭豆腐が好きな日本人)からの依頼で招請状(invitation)の発行を数ヶ月前にした。来日してトラブルが発生すれば道義的責任が生じるが、信頼出来る友人の依頼でもあり快諾した。

以前、天津国際貿易促進委員会の顧問をやっていた頃は、相手の人物も多少知っており日本の外務大臣あてに招請状の依頼と身元保証をしていた。

最近は入管も中国人へのビザ発給を緩和しているが、中国の役人はどうも国内事情で招請状が無いと出国が難しいようである。

そして今月の某日、彼ら5人は成田空港へ到着し、そのまま群馬へやってきた。幸い息子が中国の大学を卒業していたので、会話の助けになった。更にその中の3人は英語も多少話せた。

弊社で打ち合わせをしたあと、富岡製糸場を見学する。中国にもレンガ造りの建物は多いが、100年以上経過した大きな建物の屋根の稜線が歪んで無い事に驚嘆していた。私としては日本の近代産業の発祥のシンボルとしての価値を説明したかったのだが。

その後、表敬訪問に新庁舎の市役所へ出向く。榎本君が新市長になり多忙と思い、久しぶりであった。しばらくお互いの市の紹介を行い、その後記念撮影。中国のおカイコは日本より小さいと言う。また、富岡市の風景が彼らの太倉市に似ているとの印象。

市役所から近くの日本料理屋「ときわ荘」へ出向き、その日本庭園にそれぞれはカメラを向ける。ここの当主であり包丁を握る島崎君 は京都で修行をし、京懐石を楽しむ事となった。驚いた事は、しゃぶしゃぶで生卵に彼らはためらっていた。そこで、卵を煮えたしゃぶしゃぶの器に入れたら、皆真似をする。聞いたところ、中国では非衛生のため、卵は生で食べないとの事。

すっかり遅くなってしまったが、予約してある新宿のホテルへ。明日はアメリカのワシントンDCへ行くそうだ。以前そこでは香辛料の効いた蟹が美味かったと言うと、メモを取っていた。しかし30年も前の事で今はその店があるかどうか?

一番の関心事を聞いてみた。中米貿易関税の影響はこの町でも出てきていると、副市長は苦虫を潰して言った。ドイツに次いでアメリカ企業の進出が多いこの地方都市も、無視出来ない国際問題であろう。

なにはともあれ、日本、アメリカを視察する中国の若手役人は、見聞を広める事になる。国の都合もあるが、それに盲信せず良識をもってもらいたい。太倉市では、5月の短期間ではあるが刀の様に細い揚子江の魚が絶品との事。訪中する機会があれば是非寄りたい。

太倉市 - Wikipedia

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