markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

働き方改革の説明を受けて

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先日、「国の労働施策について」厚労省のキャリアーの方々が、群馬県中小企業団体中央会の「地区別懇談会」の会合で説明された。

今回の課題は2019年4月1日より「時間外労働の上限規制」「年次有給休暇の時季指定」「同一労働同一賃金」の改正法が順次適用されること。その際、無料の相談窓口、助成金制度、支援ツールや情報の提供があるとの事。

この法律改正に対し、出席した企業側より不満が続出。特に時間外労働に関し、会社側から残業を頼むのではなく、自発的に行われている現場の状況が発表された。この法律を順守すれば、企業は成り立たなくなるとの意見も出されたが、予定された終了時刻が過ぎた事を理由に閉会となった。なんとなく消化不良の会合であった。

私は、外国人技能実習生の組合の立場で出席をしており、不法残業や低賃金が社会問題となっている昨今、誤解を招くことのないよう発言は控えた。

私見は以下のとおり。大手企業などで異常な残業時間やストレスにより過労死や自殺者が多発し、また非正規労働者による賃金格差などの不満や、それらが原因で自宅へのひきこもりが社会問題化している。国は対応を迫られ、急遽改正法が発令されたと思う。しかしこの法律の真の対象は一部大手企業であり、労使間において使用者側にアドバンテージがあるブラック企業であろう。

しかし法律は大企業も、中小零細企業もひとくくりに適用するため、弊害を受けるであろう中小企業に対し助成金などでケアしようと、厚労省のキャリアーの人たちが全国行脚しているのだろう。

私の経験では相談窓口の解決能力には限界があり、同一賃金同一労働はすでに中小企業では行われている。なぜなら一流大学や大学院の卒業生は応募してこないからだ。大手との収益力の差により彼らが満足出来るだけの給与体系にはならないため、給与格差は発生していない。また時期限定の助成金は延命策でしかない。

長年中小企業の経営者達との付き合いはあるが、社員さんが働きすぎで自殺した話しは聞いた事がない。むしろ働き過ぎの経営者は何人も見ているが、全財産をなげうって必死で働いている彼らへの国のケアは過去一度もない。

無責任な発言かもしれないが、改正法違反に抵触した中小企業は相談窓口で実態確認してもらい、時には「目をつぶる。」対応も必要ではないか?

むしろ私が心配しているのは、日本国内の製造自給率(国産比率)が大幅に減少しており、この改正法でさらに中小企業が閉鎖に追い込まれる事だ。モノづくりは国の付加価値を高め、人々の生活を豊かにする。

 

 

 

萩原敏孝 人物画展

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最近、美術館に出向く機会もなく、たまたま高崎高島屋のアートギャラリーをのぞいてみた。人物画で暖色系のタッチである。ほとんどが瞳が描かれてなく正対で横顔は無い。

しかし、その中で200号ほどの大きな1点の作品には無数の死体が描かれ、その左側に瞳がある顔が描かれていた。私が祖母から譲り受けた、関東大震災の記録写真に酷似していた。

この絵を描いた画家の心持ちを知りたくなった。ちょうどこれらの作家である萩原氏がおられたので、絵は素人であると前置きをして率直に聞いてみた。

その応えは「頭に浮かんだので描いた」「瞳を描いていないのは、今ひとつ踏み込めないからだ」「モデルはいない、全て自分のイメージである」「青系を使うことが苦手で、暖色系になる」「画布の左上から描き始めるので、右側がおろそかになる」「以前イタリアを訪れ風景画を描いたが、苦しかった」

私の大人気ない質問に対し、誠心誠意、素直な人柄を伺えさせる、率直なる回答であった。話しを進めると、いっぽの会の井田先生のお弟子さんであった。「作家の人柄が絵に現れる」と言われているが、まさに虚心坦懐な作品である。

高齢者講習

ここ数年老人ドライバーによる重大な事故が多発している。

そんなおり、先日高齢者講習を受けた。70〜74歳になる人を対象にこのような講習が開催されている。75歳になると認知機能検査が追加される。この講習を受講しないと、運転免許の更新手続きができない。

2年前に施行された新規の道交法のため、混雑を想定し早めに申し込みをした。そして指定された日に近隣の自動車教習所へ出向く。受付で5,000円ほどの手数料を支払い、講習に参加。この日は3人一組で4組に分けられ、「いつまでも安全運転を続けるために」という教則本にて指導員の説明を受ける。

その後、外へ出て実車指導を受ける。受講者は運転席と後部座席は2名が乗車し、指導員の指示のもと運転を始めるのだが、私が最初だったのでコース選定の想定ができず慎重になり、直線コースは35Km/hを最高速とした。クランクや車庫入れ時のハンドリングは習慣で片手の平で回さないように、気を回した。おかげで運転行動診断票を確認するとすべての項目に対応できていた。見通しの悪い交差点や一時停止標識では左右を確認しながら一時停止をするのではなく、とりあえず一時停止ラインに車を止め、左右の安全を確認してから微前進する。

横道からベンツが一時停止ラインで止まらず、運転席から左右が見えるところまで急に出て、側道を走行中の私の甥のオートバイがぶつかり命を落とした辛い思い出がある。走行している車に意識を取られ、自転車やバイクも走っていることを忘れてしまうのであろう。

実車講習が終わり、また部屋に戻り、視野測定を行った。私の両目視野角度は180度であり、20代と同等とのこと。次に夜間視力測定を行う。これは明るい光で目を幻惑させ、急に暗くして中心にある目標物を確認するまでの時間を計測するのだが、2回とも7秒であり、30秒以内で合格とのこと。次の動体視力検査では0.7秒との事で、30〜50歳平均に相当との事でした。

私の反応時間(空走距離)は平均的で、これに制動距離を加算すると、町中で平均時速40Kmで走行していると停止距離は22m、高速道で平均時速100Kmで走行していると停止距離は112mとの事だから、前方車両が完全停止してから、この距離以上の車間距離を取っていないとぶつかってしまう。現に昨日群馬ー東京間の高速道路で渋滞を巻き起こした事故は追突であった。

講習指導員が「老人によるアクセルとブレーキの踏み間違いは、年をとるとカカトを持ち上げられなくなりペタルを間違えるのだ」と言っていたが、昔のバスのマニュアル車ならば、カカトを上げなければブレーキは踏めなかったが、オートマチック車はカカトが床から着いたまま、ブレーキとアクセルを操作しているのが一般的と思われる。「ブレーキの踏み間違いはパニック」とニュースで言っていたが、本当かどうか信じられない。通常アクセルペタルを踏んで走行しているのだから、減速や止めたい場合はまずアクセルを離すだろう。

合計2時間ちょっとの講習でした。最後に受講修了書をいただき、すぐに公安委員会へ赴き、免許更新の手続きをした。

50年前、優先道路を走行中の父の車の側面へ、十字路から酒気帯び運転の車がブレーキもかけずぶつかり、その衝撃で助手席のドアから放り出された母は奇跡的に助かったが、父は前面ガラスを突き破り車の下敷きとなり事故2日目に命を落とした。ほんの1秒違えばこのような事故は起こらなかったが、運命として事実を受け止めなければならなかった。今日、父より15年も長生きをさせてもらった。

 

 

 

a la carte(バンド名 アラカルト)デビュー

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去年の暮れ、来年はライブをやろうと思い立ち、昔一緒にやったバンド仲間たちに声をかけ、先日の日曜日それが実現した。

思えば運が良く、私の唐突な依頼に50年ぶりのギターの村山君や30年ぶりのドラムの八木君、松井さん達が快諾してくれた。そしてバンドの花である女性ボーカルのセリーナさんや彼女と一緒に演奏していたピアノの横山さんも賛同していただいた。更にはJCの後輩でプロ並みのドラムを叩く佐藤君が音響(音作り)に一役買ってくれた。そして会場を提供してくれた新井さんとその奥様にも感謝。

プロのメンバーもいますが、このバンドは急ごしらえで、私たちの音も知らずにチケットを買ってくれた多くのお客様には感謝、感謝です。

湘南の藤沢在住の村山君なしで挨拶がてら1度リハーサル、そして本番約1ヶ月前、彼に来県いただき本番のリハーサルをした。その間スリーリズム(ピアノ、ベース、ドラムスとボーカル)で数度練習をし、そのリハーサル風景をYouTubeの限定公開でバンドメンバーに配信し、修正と情報を共有化した。

同様に譜面や当日のセットリスト(曲目)案も随時一斉メールで配信。バンド名とフライヤー(ポスター)の案もメールで確認し決定した。知名度がないので、練習と同時進行で2ヶ月前からチケットを売り出しフライヤーを配り、メンバーそれぞれのファンや知人に案内、1ヶ月前には予定の席数を完売した。また当日用のアンケートを作成し、次回の参考とした。本番二日前には最終のピアノの調律を済ませ、前日は音響PAのセッティングを佐藤君、八木君で完了させた。

当日は村山君を1時に高崎駅へ出迎えに行き、メンバーは2時に集合、各自ステージセッティングを行った後、一曲づつイントロ、間奏、エンディングの打ち合わせを2時間以上かけ、その後問題がありそうな曲の音合わせを約1時間ほど行った。今回のハプニングは、村山君が譜面を忘れたことで、近所のコンビニに譜面をコピーしに行き、ボーカルのセリーナさんは環境アレルギーで声が出にくくなり、これまた薬局へ喉スプレーを購入しに行く。更には会場のキャパシティー以上の当日客があり、これはお店側でなんとか対応していただいたようだ。

今回のバンドライブは「友情」・「インターネット」による情報の共有化・藤沢から高崎まで乗り換え無しの「湘南新宿ライン」・店のオーナーでロータリアンである新井さんの「富岡の文化をすすめたい」という動機があったから実現できたと思う。

当日のセットリストは以下のとおり。また演奏風景は下記のYouTubeにアップしました。編集の都合1部の最後のMas que nadaがカットされています。

1部 This Masquerade / Fly me to the moon / Almaz / Don't know why / Garote De Ipanema / Georgia on may mind / LOVE / Misty / Mas que nada

2部 Feel like makin' love / All of me / Day by day / Summertime / You'd be so nice to come home / Smile / The way you look tonight / Cuand vuelva a tu lado

アンコール Route 66 / My foolish heart


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次回は7月21日(日曜日)を予定しています。お店のラウンジココにお問い合わせ(0274-67-7555)すれば詳細がわかります。申し訳ありませんが、席数の都合上先着順となります。

 

 

 

選挙が始まった

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今年も選挙のシーズンがやってきた。私の後輩達も立候補するが、最近は政治に無関心となってきた自分に気づく。政治は専門の政治家の先生達にまかせ、平和であれば日々お気楽に生きていたい。

政治に素人の我々が、国民投票の機会を得て直情的に「好き嫌い」や目先の「己の損得勘定」で投票し、後でアタフタするイギリスのブレグジット大阪都構想における変化を好まぬ半数の府民

独裁者の暴走があった過去の苦い経験より、我々大衆は議員や首長の人事権は投票制度で確保しながらも、政治は選んだ政治家に任せた方が良いと考えている。外交問題や将来への豊かな国家創造は先見性や交渉力、そして知恵や知識が必要であろう。時として危機管理における、小を捨て大を取る決断なんてそんな教育も受けていないし、当事者になるなんて嫌な事だ。

反論もあるだろうが、本人の清廉潔白性より、我々日々の生活と安定した幸福を実現出来る議員を求める。フランスのミッテラン元大統領は恋人を連れ来日しても、自国では大きな問題になったとは聞いていない。

道徳や倫理は尊重するが、最近のネットによる過多な情報、テレビや新聞の稚拙な情報により、知りたくない情報まで知ることとなる。昔から「知らぬが仏」であり「言わぬが花」と言うではないか。知って人を妬み、怨み罵り合うのでは慎みが足りない。

情報過多により、人相が悪くなるのは嫌だね。所詮多くの人間は不完全で、時々道に外れそうになりながらも「真っ当」になろうと努めて生きているんじゃないかな。

公人、特に政治家は長くやっていると三白眼になる人が多い。今日の味方は明日の敵であったり、陰謀は日常的、顔と腹はまったく逆であったり、このような立ち振る舞いが出来ないと政治が出来ないようだ。せっかく正義感と勇気を持って立候補したのにね。

人がやりたくない事をやらなければならない政治家や弁護士そして医者などは、それ相応の所得を得るのは理解出来る。

 

 

Fender BASSMANについて

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弊社アンプ技術顧問のBASSMANについてのあれこれ。

 

まずは、4X10BASSMANについて。これは4X10でわかるように、10インチスピーカーを4発載せたコンボ型ベースアンプを意味しています。15インチスピーカーが1発で製作を始めたフェンダーのベースアンプでしたが、1954年より10インチを4発の仕様に進化した4X10がデビューしました。これは「小さなスピーカーでも数を増やしトータルの表面積を大きくすれば、よりベース向きのサウンドが得られるはず」、という考えからでした。

1954年よりスタートした4X10のこのアンプ、回路は数年間で何度も変更されます。それらは古い順に、5D6、5E6、5E6A、5F6、5F6Aの5つのバージョンとなっています。最期の5F6Aは1959年から1960年頃のバージョンとなり、これが現在でも人気のある、’59BASSMANと呼ばれるものです。またこれらは全てキャビネットツイード張りのため、ツイードベースマンとも呼ばれ親しまれており、現在でもリイシューモデルとして発売されています。

また、これらはコンボ型で真空管方式のため高熱が発生し、キャビネット背面を塞ぐことができず、当然ながらオープンバックとなります。それ故、実際にはベースプレイヤーよりもギターリスト達に好まれるサウンドとなっているのです。

また、多くのアンプビルダーは、リイシューモデルをできるだけ本物に近いヴィンテージ仕様に作り直したいというご希望もあるようです。

  

オリジナル(ヴィンテージ)とリイシュー品との違いは多々あり、主な点を以下に記載し、改造時の参考にまとめました。

 

  •  キャビネット;形状、寸法はほぼ同じだが、材質はヴィンテージがパイン材の単板に対しリイシューは合成材が使われています。

  •  シャーシー;寸法等あまり違いはありません。 
  • パワートランス;B巻線の電圧が、リイシューは高すぎるため、これはオリジナル通りにAC325Vのトランスに交換が必要。 
  • 真空管;初段プリアンプ管は12AY7がオリジナル、リイシューは12AX7でハイゲインになっています。

  •  配線用ボード等;オリジナルは当時のフェンダー独特の黒いファイバーボードに配線用ハトメを打ち込んだもので、当然ハンドワイヤリングとなっています。リイシューはプリントサーキットボードで、CR類も全て近年の小型なものが使用され、耐圧等も極限まで小さく、バーンアウトしてしまう事故もあります。 

  • バイアス調整;これが一番の問題点で、リイシューでは出力管のバイアス調整ポットが省かれており、これは必ず装備する必要があります。
  • リイシューでは、コントロールパネル上にあるグラウンドスイッチは、全く配線されていないダミーとなっています。

 

ざっとこんな感じですが、アンプビルダーがどこまでこだわるかによりますが、もっと追求するならばキャビネットから自作するしかありません。そして、良質なパイン材を入手したり加工するための工具・治具等までそろえる必要があります。ツイード生地は現在でもキットメーカー等で容易に入手は可能です。仕上げにラッカーを塗れば、かなりヴィンテージに近づきます。

 

サーキットボードもキットメーカー等で似たものが入手可能のため、ハンドワイヤリング化自体は難しくありません。

 

ちなみに、C・R類は、例えばA/B社製のカーボンコンポジット抵抗等は、まだまだ入手は可能。ただし注意したいのは電解コンデンサで、未使用のオールドストック品は寿命があり使うことはできません。現行品の中から雰囲気の似たものをチョイスするしかないようです。

 

**オタク情報・・・・古くからの回路図も公表されていますが、実はトーン回路のフィルムコンデンサ2個組み合わせの値は実際には大きく、作られたものと違っています。後期に制作されたものは回路図通りのようですが、数は少ないと思われます。音的には回路図通りのものが良いとされています。マーシャルが詳しく知らずに回路図通りコピーしてJTM45を作り好評化だったのは、このブラインドラックのせいだと言う人もいます。

ドクター石井のインフルエンザ診断見解

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親友のドクター石井君よりインフルエンザに関するコメントをいただきましたので、ブログにアップさせていただき、万が一の医療受診の際の参考にして下さい。

 

 

連日インフルエンザに関しての報道を目にします。しかし、特に診断に関し、患者さん方が誤解をするような記載が時折気になり、私が学会や研究会で使用したスライドを使って私なりの見解を説明させていただきます。

産経新聞H.31.2.2の「インフル流行複数回罹患も」という記事に、

Q:「かかったことをどう確認するのか」
A:「医療機関に行くと細い綿棒のようなもので、喉の奥や鼻の奥をこすって、付着物で陽性か陰性か判定できる」、

とありました。この、記載は少しばかし問題があると思いました。


下のスライドは2009年新型インフルエンザの際に出された資料です。

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新聞の記事は、簡易検査の結果だけでその診断が出来るように読み取れます。しかし、ここにも記載されていますように、本来、インフルエンザの診断に際しては、「臨床症状、および簡易迅速検査の結果を踏まえ医師が診断する」と明記されています。私自身はさらに、「流行状況も踏まえ」という一文を追加しては…、と考えます。

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このスライドは、新型インフルエンザが発生した当時、2009年に発行された「新型インフルエンザ対策実践ガイド」に記載されたものです。すでに10年前の資料ですので、簡易検査の精度はもっと上昇しているかと思われますが、決して100%でないということはご理解ください。

下記スライドにあります、診断に際し、この「簡易検査だけに頼る」ということについて、東北大学の渡辺先生は,すでに2014年には警鐘を鳴らされています。

 

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また、2013年に日本臨床内科医会インフルエンザ研究班の班長である河合先生は、「インフルエンザ」という文献の中で、上記のように記載され、同年の「厚労省インフルエンザQ&A平成25年度(2013年度)インフルエンザの予防・治療について」も、「医師が診断し医師の判断で抗インフルエンザ薬の使用を考慮」と明記してあります。どこにも簡易検査の結果のみで診断する、とは記載されていません。


 
私自身、簡易検査を行った際に陽性に出たら、「よかった、インフルエンザだ」と口にしてしまいます。

と言うのは、抗インフルエンザ薬を投薬した翌々日には、ほとんどの症例で、症状は著明に軽快するため,むしろインフルエンザと診断でき、患者さんを慮って治療を始めることで,我々は安堵するわけです。

多くのインフルエンザ症例は、抗インフルエンザ薬を使用しなくても、自然に治癒することがあり,抗インフルエンザ薬の使用に関しては様々な意見があります。

しかし、免疫力の低下した方、乳幼児のインフルエンザ脳症の発生を考えると、やはり、インフルエンザは大変な疾患であり,その診断の根拠は重要な意味があると思います。

ですから,患者さんたちに正確な情報を伝えるという観点からも,報道の内容は考慮してほしいと思います。ただ,医療従事者の方々でも、ここに記したことを知らない方も多いかも…。

このような情報も参考に、受診してみてはいかがですか?
                 (2019.2.3 石井良幸)

ishii-iinn-tachikawa.com

 

古稀に近いじいさん、ジャズライブでデビュー

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今晩は、富岡市にあるカフェラウンジ・ココでJAZZのライブが行われた。

music-coco.com

バンドは高崎にあるジャズスポットK-noteのマスター松井さん率いるTJQ(富岡ジャズクインテット)。アルトサックスの松井さん、ピアニストの斎藤さん、ドラムスの今井さんは富岡在住者で、助っ人に松井田のベイシストの細谷さん、そしてボーカルは玉村の長井さんの編成です。

k-note.sakura.ne.jp

実は昨晩遅く、レギュラーのドラムス小島さんが緊急入院され、バンマスの松井さんのつてで後輩のドラムス今井さんを依頼し、今晩のセッションに間に合わせたわけです。業界用語で「トラ」(エキストラの略)と言いますが、6時の演奏開始に向けて、3時過ぎよりリハーサルを行い、1部、2部あわせて予定された16曲が演奏されました。

今年、新たなるバンドを作ろうと昨年末より準備を始め、松井さんにもお手伝いをお願いした経緯があり、逆に松井さんより1,2曲歌の依頼があり、今晩、古稀に近いじいさんの初デビューととなりました。

生オケでは歌詞カードを用意しても、カラオケのようにメロディーにあわせ文字の色が変わるわけではなく、また歌詞を暗記しようと思っても記憶力が低下し、なかなか覚えられない。カラオケは音痴を無くしたとの効果もあるが、生オケでは歌詞やメロディーに乗せて歌うことができなくなってしまったことに驚いた。高校時代はアカペラで暗譜して歌えたのに・・・。

この1ヶ月、何度もCDを聞き、歌詞を手書きし、英語の詞の意味を理解し、ストーリーをイメージしても単語が出てこない有様であった。問題は英語の詩を訳し、日本語でストーリーを理解すると英語の歌詞が出てこない。英語でストーリーを理解するしかないが、現実は無理である。やむおえず譜面台を用意し、A3の用紙に大文字で歌詞カードを作り本番に挑みました。

ボーカルはセッションバンドの場合、テンポの設定を自分で決めなければならない。その前に自分の音域にあわせキーを決定しなければならない。そしてお客様へ歌いながらアイコンタクトをし、歌詞の意味を伝えながら共感をよび起こす。従って、本来のボーカリストは歌詞を覚えていることが条件であろう。実際、ボーカルの長井さんは全て暗記していた。すごい!

2部の3、4曲目が出番なのだが、2部が始まってから緊張してきた。これはまずいと思い、自分の役割を考えた。これは以前JCやロータリーでスピーチや講演をする際、「自分のため」ではなく「人のため」と思うと、実力以上のことをやろうと思わなくなり、「お客さんに、どうやって理解してもらおうか?」と視点が代わり、あがることがなくなる経験があった。

そして幸い、出番の直前の曲がサンバのリズムで、楽しんでいたらドキドキすることを忘れてしまった。バンマスにゲストとして呼ばれステージに立ったら、マイクのコードが引っかかり、それを戻すのにもたもたしていたら、客先からアドバイスがあり話をしながらリラックスしてしまった。

「私がここでなぜ歌うのか? それはフルコースで美味しい料理でも続くと飽きるので、私は箸休めの役割があり、私が歌い終わればメインの女性ボーカルに対し『やっぱり男より女性の方がいいな』と思っていただける。そして、私が歌っている間にトイレに行きたい人は行ってください」と付け足した。

1曲目はLouis Armstrongで有名なWhat a wonderful world。この詩が大好きで、「日々の何気ない景色や人々の思い、そしてこれからの新しい人生が待っている子供や孫たちについて期待し、これらは私にとって素晴らしい世界なんだ」と淡々と歌っている。Louisは最初に「木々の緑やバラの赤色」と歌っているが、Michael Bubleは次の詩である「空は青く、雲は白い」と最初に歌っている。

2曲目はMichael FranksのAntonio's song. 自然を愛していたボサノバのAntonio Carlos Jobinを謳った曲であり、これもその詩に惹かれる。ただ歌い方はあまり抑揚もなくボソボソと歌うので、聞いている人たちはつまらないだろうと思い、サビの部分だけでも女性ボーカルとユニゾンで歌ってもらうことにした。

実際に歌ってみて、観客へアイコンタクトはできたが、途中で不安になり歌詞カードを見たとき、1行ずれて歌ってしまった。やはり暗譜は必要だな。じいさんのボケ防止にもなるので、この際歌詞を覚えてみようかな?

 

来年は楽しくなりそう

 

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以前は年末になると、その年の決算として何をやってきたかブログ掲載をしていた。しかしこの数年はそのようなことに何も触れていない。海外渡航もせず、ロータリークラブを退会し、青年会議所のOB会への出席もせず、ボランテイィア活動としてのNPOも解散しようかと思案している。

健康に自信がなくなったわけではなく、原則として週に2日ジム通いをしており、風邪もひかずいたって元気である。仕事面でも、知人のおかげで新規音響メーカーと取引もできるようになった。これは7年前友人の天笠君からの要請で真空管ギターアンプ用のトランスを依頼され、ビンテージモデルの再生や、音作りを主眼とした弊社独自のアイデアによる電源、出力トランスをネット上でビジネスを展開している。そして現在オーデイオアンプのメーカーからもお声がかかるようになってきた。

かといって、ボランティア活動をやめ仕事だけに打ち込んでいるわけではない。日本中からネットによる真空管ギターアンプのトランス要請はほとんど1台からであり、戦後、親父達の時代、日本のギターアンプの黎明期からトランスを供給していた歴史と、「トランスも楽器の一部」として音作りのお手伝いをしたいというボランティア精神があるから継続しているわけである。ロータリー流に言えば職業奉仕である。

日本中のギターアンプのユーザーの皆さんと会話したり、ライブバンドのお世話をしていると、歳を忘れ自分でもバンドがやりたくなってきた。そこで、来年は30年のギャップを越え、新たにバンドを結成しようと試みている。幸い友人でプロのギターリストの村山君(写真参照)やセミプロのピアニスト、ボーカリストも応援をしていただけるような環境になってきた。問題は自分のベーステクニックである。同年代の福岡の岡本さんはアンプを作りながらバンドを掛け持ちしている。そのほか、アンプビルダーの多くもギターやベースのプレーヤーであり、彼らは私にとって当面の目標でもある。

また、お手伝いをしている外国人実習生の運営や、来年4月1日から施行する外国人労働者の受け入れに関し、人権問題や文化摩擦の解消に対処して行きたい。基本的な考え方として、このままでは日本の人口減少は経済面で深刻な状況を呈することになると想定される。文化摩擦では様々な意見もあろうが、今回の移民政策に近い外国人労働者の定着は納税者(Tax payer)として所得税社会保険料の納付、消費者として消費税を支払い経済活動に少しでも寄与できると期待する。

3日前、逝去された元ソニー日本オーディオ協会の諮問委員)の森芳久氏は世界中の多くの人たちに親しまれ、愛され命の尽きるまでご活躍をされたとのこと。合掌。

つくづく、人生は1回だということを思い知らされました。

 

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めぐりめぐる

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先日、墓のカロートのメンテナンスが終わったので確認に弟と訪問。そしてカロート内にある骨壷を見る。江戸末期の先祖から含め8つの骨壷があったが、名前が判明できないものもある。それでも没後50年の父親の小さな骨壺に合掌、供養し帰路に就く。そして二人だけでは、数十年ぶりとなる昼食を摂る。

弟は私と一緒に父が残した群馬の工場でしばらく働くが、1年発起し立大へ入学。父が努力してもうまくゆかない工場運営を、まだ10代であった兄弟二人がやっても共倒れになると母の思惑があったそうだ。その後、早期退社し母の面倒や墓の管理をしている。

西東京にある母宅や、娘夫婦がいる江東に泊まるには、煩わしさを与えると思い、しかし、孫には会うつもりで近隣の日本橋のホテルを予約しておいた。

偶然にも本日見た骨壷の先祖の一人は、江戸末期この地へ、長野から丁稚奉公へ。人一倍倹約に努め「ケチ勘」と呼ばれながら、日本橋二丁目2番地に雑貨屋を開いた母方の先祖である滝澤勘右衛門である。この先祖が、この辺りをテクテク歩いてたかも知れないと思うとワクワクする。

そして、娘は長野出身の旦那さんとめぐりあい、長野で挙式・披露宴をした。

戦時中父は、陸軍研究所の軍人として京大で研究のため出向していた。そして娘夫婦が一時期、京都で過ごしていた時、私も何回か京都を訪れ市内を散策した。古い建物を見つけては「親父も当時この建物を見ていたのかな」と。

同じく戦時中、母は親戚の者の疎開先であった下仁田へ東京から高崎線、上信線を乗り継ぎ毎月通ったそうだ。それが父と結婚し、仕事の関係で富岡の地で住むことになったのも不思議な縁である。