markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

火災

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10年前の8月末、うちの会社が火災に見舞われ、事務棟を残し全焼した。土曜日の昼火災で、幸い人身事故はなかったが、急を聞きつけた社員一同、道路を隔てた歩道で、熱気を感じながら燃え盛る工場を見守るだけであった。消防署が数100m近くにあるが、約1時間で全焼した。周辺への延焼もあり大変なご迷惑をおかけした。

原因は漏電との事だったが、ちょうどその一週間前に東京電力の下請け会社が漏電チェックに来られ、異常が無いと報告を受けていたのだが。

その日は土曜休日で自宅におり、火災報告を受け、渋滞に巻き込まれながら遠くに立ち上る白煙と黒煙を見た時、「半世紀の歴史ある工場の不要不急品が無くなり、ゼロスタートが出来る」と不謹慎ながら脳裏を横切る。これは僕なりの処世術で、緊急事にはプラス思考が働くようになっているようだ。

最初の緊急時は19歳の冬、交通事故で急逝した父親の後を継ぎ、家族や社員を守るという、半ば本能に近い気持で社長業を始めた。次の緊急事は、取引先から不渡りを受け、20代中頃であったが一般債権者として資金回収を待つより、債権者副委員長の機会を得て任意整理の経験を得た。

今回は、「1週間で操業を再開する」という目標を掲げ、社員や客先に宣言した。大幅な納期遅延をすれば客先が困るし、社員もやることが無ければ所得に困る。客先も製品が入らなければ転注せざるおえず、一旦他社が供給を始めれば仕事は戻らず、材料納入業者や金融機関から信用不安が生じる。

目標を設定すると社員からも有益なアイデアが生まれてくる。近隣の同業者の空き工場があるとの事で、場所と一部設備をお借りする。必要品リストを作り、友人や客先からも様々な援助を受ける。他の同業者からも不要な設備と材料を格安で入手。無いものは近隣のDIYで調達する。自宅に仮事務室を作り、焼損した設計資料などは、起きたら作成し眠くなったらそこで寝るという生活でスピードを早めた。お陰で全客先との取引が継続出来た。

しかし、客先の中で1社(1部上場企業)の社長だけが、多分、一週間で立ち上げた事実に、私が計画放火したと疑い、発注を止め内製化したが、品質を確保できず半年後には受注が戻った。

火災事故以前は一部トランスを海外調達していたが、工場再建の出費がありキャッシュフローの余裕がなく、輸入ビジネスを手仕舞い「付加価値経営」に切り替えた。「付加価値経営」とは私の造語で、売上から材料費を除いた付加価値額と給与を含めた総経費の支出額のバランスを月次で取り、自己資金だけで資金繰りする事で、借入は一切しない。売上の増減は無視。もちろん手形発行もなく、極めてシンプル。会社も給与所得者と同じで、毎月の所得内で生活をする。

従って、いかにして付加価値を高めるかに注視し、15年ほど前から始めた真空管ギターアンプの専用トランスの製造にシフトした。小さな市場のため競合社もなく、ネット上で徐々に客先が増えてきた。中にはビンテージなアンプに使用されていたトランスの復元を依頼され、解体しトランスの仕様を確認し再生することも始めたら、「アテネ電機はトランスの修理もする」とネット上に情報が流れ、1台づつの修理依頼も増えてきた。これは利益を出すことは難しいが、火災直後、多くの同業者に助けられたことで、トランス修理再生することは業界の責任として、今でもボランティアとして継続受注している。

海外からも依頼を受けた際、「トランスも楽器の一部である」と考え、ものづくりを行っていると伝えた。音はスピーカー、真空管とトランスで決まるとの事実に基づいての発言である。それは、現役でバンドをやりながらトランスも作るからだ。おかげさまで、一流ギタープレーヤーからの受注も舞い込み、さらには音響のステレオアンプメーカーからの受注も増加している。

無鉄砲な再建を試みたためか、火災事故から三年後に心臓のトラブルをはじめ、その後身体の異常が出てきたが、偶然素晴らしいドクター達の出会いで生きながらえている。現在はストレスをなるべく避け、19歳で大学を中退した際、辞めたバンド活動を再開した。当時一緒にやっていたギターの友人も、永くプロ活動をしていたが快くバンドに参加し、そのほかテクニックのあるメンバー達の参加に感謝している。

火災で思い出は失ったが、楽しい未来が手に入った。