markdadaoの日記

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「ドラゴン・パール」を読んで

 

ドラゴン・パール〈上〉

ドラゴン・パール〈上〉

 

 

この著者はシリン・パタノタイというタイ生まれで、8歳から周恩来の庇護のもと文化大革命まで体験された自叙伝であり、上下2巻で読み応えがあった。

装丁の裏表紙に書かれている筆者のプロフィールは以下の通り。

『冷戦の緊張が高まった1956年、中国政府との親密な関係を築くため、父親によってタイのバンコクから北京に送られる。以来、周恩来首相や廖承志と親子のような親交を結ぶ。1970年に中国を離れてからも、中国とタイ等の「生きた架け橋」として幅広い活動を続けてきた。二児の母。オランダ大使である夫君とパリ在中。』

 

政治家の子供として、わずか8歳で中国に渡り4人組による文化大革命の嵐の中を耐え、中国との関係を保ったことは想像を絶する。私が初めて中国へ渡航したのが1981年で、文化大革命は1966年から1977年で終結したが、当時の紅衛兵達はどこへ行ったのか興味があった。その後、国貿促の顧問をしている頃、そのスタッフから、彼らは田舎でひっそり暮らしていると聞いたのだが。

1981年当時でさえ、上海以外の街では皆んな人民服を着て、我々外国人の訪問先は限られていた。昼食を摂るレストランの竹の柵越しに子供達が興味津々で我々を覗いていた。ある日の朝、一人で路地の市場を見学に行った際、好奇の目をもった多くの人たちに囲まれ、移動する時もその輪はついてくる。外国人が泊まるホテルにはライフルをもった軍人達がいた。

シリン・パタノタイのお兄さん(長兄)は父親の後継者として政治家となっている。中国の要人がタイを訪れる際は、必ずパタノタイ・ファミリーに挨拶に来るそうだ。この長兄のマン・パタノタイはなかなかの人格者で、与野党からも人望があるそうだ。

現在タイは軍事政権下であり、また国民に圧倒的な信頼を得ていたプミポン国王が死去し、国際社会の中でのタイ政治の舵取りは難しくなっていると思われる。しかし世界大戦でも侵略をされなかったタイの政治外交戦略を考えると、早く民間に政治を戻すことになるだろう。しかし、今年4月の総選挙も延期とのことでどうなることやら。どうもこの延期は再選挙でまた赤シャツのタクシン派と黄シャツの争いが再燃し、タクシン派が再起すると思われているようだ。

先週は日本にタイの政治犯であるタクシン元首相と妹インラック元首相が来ていたとの噂があり、彼女は日本が好きでやってきたというが、インターポール(国際刑事警察機構)に加盟している日本では長期滞在は難しいのではないだろうか?もっぱらインターポールに加盟してい無い中東にいるとのことだが。

アメリカでは民主・共和党それぞれに信頼され、「アメリカの良心」と言われていたLee元農務長官のような人物が中間にいるとよいのだが。タイではとりわけ少数党にいる、この元副首相であったマン・パタノタイ氏がその役割を果たすことができれば、タイの歴史も変わるだろう。

 

ドラゴン・パール〈下〉

ドラゴン・パール〈下〉