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markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

正義は一つではない

ロータリーでは中核的価値観の中に多様性というキーワードがあります。そして、ロータリーの目的を達成する方法は、世界に会員が約120万人おり、120万の方法があると信じております。
しかし、日本の教育では正解は一つという方法を取ってきたため、ロータリアン同士で会話をするとき、またはRLI(ロータリー・リーダーシップ研究会)で論議をするとディスカッション・リーダーまたは経験の長い会員へ一つの正解を求める傾向があります。子供ならば先生が言っていることだから間違いは無いと疑うすべもないのですが、私たちは社会経験のある大人ですから、疑念があってもその場は自制し不満の種を奥底にしまう訳です。またはその疑念は自分が間違っているとして、おさめてしまうのです。もっと厄介なのはその疑念の内容に間違いがあった場合、集団へ自分の恥を晒すことを恐れるのです。
反対意見と論議をするディベートという手法があり、説得力を競い合う競技としているようです。このディベートの効用として正逆の立場から意見を述べ、問題のあぶり出しが出来ると言うことです。従って様々な意見を述べまたその内容を聞き、新たなる価値観を築いたり、また参加意欲を高め活動的になるという効果があります。勇気を持って持論を展開し、そしてそれを理解してもらいたいという思いは相手にもあることを認めることです。
このような価値観の重要性を説いているロータリーは、世界でも平和に貢献をする特異な組織です。それが政治やメディアでは国際間の領土問題でそれぞれの正義を唱え、武力行使を背後にちらつかせるのはいかがなものか?更には歴史の事実を、それぞれの立場の都合の真実として唱えている。
私が昔、東京から群馬に来て歴史認識の相違を感じたことがあった。東京(江戸)では勝海舟は正義であった。しかし群馬県の権田に領地がある政敵の小栗順忠は地元では正義である。従って、歴史の真実といわれるものはそのまま信じることは?