markdadaoの日記

真空管アンプ用トランス、スマホ用衝撃吸収フィルム、RC、政治経済、読後感想など

棚卸

年度末の棚卸をエアコンのない猛暑の倉庫で行う。そのため昨日からスポーツドリンクを冷凍庫で凍らし、スイカも冷やしてある。そしてスーパークールビズとしてポロシャツにバミューダパンツでビーチサンダル。皆にペットボトルを配り、私はいつもの製品在庫の棚卸。作業を手加減してくれているのだが、それでも顔から汗が噴き出す。
いつかは出ると客先から言われていた製品や、見込み生産をした在庫がある。思い切って処分をしたいのだが、もったいないのでネットで運賃だけで処分しようと思い、棚卸項目にチェックを入れておく。先日も不要な銅線をネットで購入してくれた開発会社があったからだ。

もし火災や、自然災害で在庫が無くなっても、また必要な分を購入して経営は続けられる。それでも製品となった不要不急在庫は心情的に捨てきれない自分に困ったものだ。昔、父が「焼夷弾で家が焼け、たくさんの本とレコードが燃えた」と言っていた。
年を取るにしたがい、自分の棚卸をしなければならないと思うのだが。自宅では本やCDが山積みになっており、洋服も普段から着ないのがある。なければ無いで生活は出来る。仕事でも組織でも「あの人が居なくなったら困る」と言うが、ほとんどはそれなりに何とかなっていることを知っている。これからお盆で墓参りをするが、3代前は記憶が薄れている。子供達は何とかなるだろうが、孫達には期待することは難しいだろう。

自分の身体のパーツをドナー登録しておけば、健全であれば役に立つだろう。自分が所有している物も、他人に役に立つものがあればネットなどを活用し処分してゆくことがいいのかな?