markdadaoの日記

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官僚主導から政治主導へ


私の意見は偏っているかもしれません。敢えて言うならば、官僚主導から政治主導への改革が遅れると。今日の民主党による党首選挙(衆議院の多数与党=首相選挙)の結果からの感想です。
菅さんは厚生大臣の時の決断等評価がありますが、今の官僚制度への改革思考があるのか?小沢さんは羽田さんと1993年新政党を立ち上げた時から、官僚主導に異議を訴えていました。
イメージとして外務省の閉鎖的体質、厚労省総務省の後ろ向きな姿勢、国交省等の天下りによる利権問題などあまりにも官僚の力が増大しています。東大卒など頭のいい人が入省してゆくのですが、次第に省庁の伝統的な空気に染まってゆくのかもしれない。
主権在民であるにもかかわらず、官僚は国民の僕であると今は誰もが信じてはいないでしょう。内務省を設置し、日本の官僚機構を創設した大久保利通は官僚の力の増大を恐れ、官僚名に省と言う名称をつけたとのこと。「省」とは自ら省みり、無駄を省く意だそうだ。

例えば法務、外務、厚生労働、経済産業、国土交通の5省共管の公益法人である財団法人国際研修協力機構の外国人研修生のルール変更は各省庁の綱引きのような感があり、本当に国際社会で日本の将来を考えているのか疑問であります。身近な例では旧官営富岡製糸場を核に観光開発をリードしている市の職員の一部が、来訪者へ目を向けず自分の職務の保身に精をだす。空港の管制塔職員が判断ミスをして大事故につながる問題を起こしても、行政職員の個人としての責任を問われない。一般企業では考えられない世界である。
明治時代の近代日本の創生期、太平洋戦争敗戦から世界へ飛躍させた日本の官僚の働きは国を背負う気概が感じられる。しかし社会保険庁の失態などから現在の官僚の限界を感じる。

時代がNPOやNGOの存在を認めるようになってきている。官僚にも競争原理を導入するために、これらNPOがライバルとなりサービス・コスト・効果を官僚政治と競い合うようになれば、官僚もスリムとなり自分たちのためではなく、国家のために力を注ぐことになると期待する。

今日の得票の分析であるが、党員及びサポーター票が世論で、地方議員票が地元志向、国会議員が国家志向と考えれば世論は8:2、地元志向が6:4、国家志向が5:5であった。世論の判断資料はマスコミであり、マスコミの世論誘導が公平であったか疑問である。地元志向は世論の影響を多く受けていたのだろう。国家志向の国会議員が日本の将来と世論の板挟みで悩んだ結果の数値であったのだろう。

小沢一郎の親分であった田中角栄の回想録より苦言を

天の時、地の利、人の和というが、トップの椅子を占めるにはね、風雪を凌ぎ、人間を叩き上げ、衆目おのずから定まり、多数に一致して推されると言うのでなければ難しい。